第1回 1.1 個人事業主の事前整理

1.個人事業主の事前整理と後継者の選定

本稿では、個人事業主の事業承継の進め方について、その概要を体系的に整理しました。

総務省の統計によれば、わが国の個人事業は法人企業とも合わせた企業全体の付加価値額で約5%を占めています。
さらに事業数では全体の218万社の半数を超える52.7%を占め、従業員数は全体の11.9%を占めています。

したがって、個人事業の事業承継についても充分に有効な考察を行うことは、我が国経済の健全な発展に資する試みであると考えます。

個人事業主の法人格と大きな違いは、事業の存続期間と、事業とプライベートの混在性です。
本稿では、こうした点に留意して、検討を進めていきます。

個人事業の事業承継に係る各論を考察する前に、その全体的な留意ポイントを俯瞰します。
つまり、事業の承継を考えている事業主が、まず事前に整理しておくべきポイントを明確にしたいと思います。

事前整理

(1)人(経営):事業の将来性、後継者候補

人(経営)事業の将来性法人と事業個人事業主の根本的な違いとしてあげられる点として、法人は法人格として事業自体が永続するのに対し、個人事業は事業主の廃業とともに事業自体が終了するところにあります。
事業自体がその事業主に紐付いているわけです。

したがって個人事業の承継では、事業主の廃業と後継者の開業が伴うという特徴があります。
この一代限りの事業を、次の代に承継する必要がそもそもあるのか、その根本的な意義を客観的に考えるところから始める必要があります。

具体的には、事業の売上、利益、顧客の存在、提供価値の社会的評価、雇用、そして事業そのものの今後の展望などについて整理していきます。

継続的に安定した売上と利益が確保できているか、今後の見通しはどうか。現在の顧客基盤の見込み、今後の顧客の期待の変化を予測してみます。

個人事業という、経営規模が小さい事業体が、低成長下で激変する経営環境下で存続し続けること自体困難であることが多いものです。

その上で、その事業を継続させる意義が、後継者にとって、社会にとって、どこにあるのでしょうか。
単に親が商売をしているからそれを子供に継がせると言う考え方では成り立ちません。

新たに起業するのではなく、今の事業を後継者にバトンタッチするに足るだけの意義があるか、しっかりと確認する必要があります。

特に、事業の持つ強み、経営的な競争力の源泉はどこから来ているのか、個別具体的な技術がある、あるいは非常に差別性の強い商品・ブランドを持っている、または従業員に技術がある、そういったものを明確にしておく必要があります。

一方で多くの場合、事業の競争の源泉が事業主個人の資質に由来するケースが多いため、これをそのまま承継できるかどうかが課題になります。今後克服していくべきものは何か、事業の課題も確認しておきましょう。

・後継者候補

次に後継者の検討です。

後継者は親族の中に候補がいるのか、あるいは従業員の中にいるのか。複数の中から後継者を選定するのであれば、選定基準は何でしょうか。特に親族内での承継となると、親子の関係が間に入るため、プライベートの問題とビジネスの問題を切り分けることが非常に難しくなります。

したがって、事業主はまず冷静にかつ客観的に当該事業を承継するにあたって、後継者へどのような要件を
求めるべきか考えておく必要があります。

また、後継者候補の意思及び意思の確認も重要です。
これらの検討から、後継者に事業承継する上での課題が何なのか明確になり、これがひいては後継者の育成に
つながることもあります。

(2)資産状況:総資産の確認(事業用、私的分)、借入金、保証、担保等、個人事業主の資産の継承について・事前対策

次に行う事は資産の把握です。

金融資産及び不動産の資産、そして後に述べる無形の資産の把握です。

個人事業の場合、全ての資産が事業主個人に紐付いています。
このため、例えば事業用の不動産が事業そのものに紐付いているものなのか、事業主のプライベートの生活に
依拠しているものなのかの区別が曖昧なケースが非常に多いです。

これらは事業承継とともに、事業主の相続と深く結びついていくため、公私の切り分けをしておくことが
極めて重要になってきます。

また、金融資産の確認においては、現預貯金・保険が事業に必要なものなのか、生活に必要なものなのかを
切り分ける必要があります。

・借入金等

さらに借入金の有無です。これもプライベートのものなのか事業に紐付いているものなのかを切り分けます。
加えて保証の有無なども余すことなくリストにしてすぐに把握できるようすることが望ましいです。

特に事業主の個人的な所有不動産を担保に、借入が成立しているケースも多く、事業用借入の移転を
難しくしています。

後継者が、こうした借入金を返済することが可能でしょうか。利益や収入から実際に返済が可能かどうか、
事前に確認しておくことも大切です。

(3)知的資産:経営理念 経営者の信用、取引先との人脈、従業員の技術・ノウハウ、・顧客情報

個人事業の事業承継において、経営理念の位置づけは実は非常に重要です。
一般に、個人事業主で明確に経営理念を設定しているところは少ないかもしれません。
創業者として先に経営理念を作るよりも、まず事業ありきで経営に取り組んできたためです。

しかし、今回この事業を後継者に承継するわけです。後継者は新たに事業を起こすのではなく承継するのです。
したがってこの事業がどのような社会的意義を持つか、なぜこの事業が必要なのか、すなわち経営理念を
明確にすることが事業承継の取り組みの1つになるわけです。

現在明確な経営理念がなかったとしても、事業承継を機に改めて経営理念を考えてみる良い機会になります。
これがひいては個人事業の事業承継を成功させることにつながるのです。

・信用、取引先、技術等

さらに無形の資産として事業主個人に紐付いている社会的信用や顧客との人間関係、人脈があります。

例えば蕎麦店であれば、
「あの主人が打つ蕎麦だからお客が集まるのだ。息子の代になって味が変わってしまった。」
といった残念な話を聞くことがあります。
個人事業主ならではの経営の優位性が事業主のみに紐ついている場合、これを承継することが非常に難しい場合があります。

また、事業主個人が長い時間をかけて築いてきた地元の顧客との人間関係、信頼関係が事業基盤を支えているケースも決して少なくありません。

また従業員が高い技術・専門性を有している場合もあります。

このように事業を支える強みが、一体どこに由来するのかということもしっかりと確認しておく必要があり、これが事業承継をするときの対策に影響してくるのです。

最後に検討するべきは、家族全体の幸せです。

個人事業は事業そのものが独立しているのではなく、事業主を中心とした家族全員がその事業を構成しています。
したがって事業承継にあたっては、その家族全員の意向も重要な要素になってきます。
後継者となる親族や従業員は、事業承継後も家族全体の幸せに責任を持ちます。

また、事業承継後の事業主のセカンドライフをどのように描くのかも重要な課題です。

事業承継の結果が家族全体にとって最善の方向性でなければならないからです。
このため、家族会議など頻繁かつ良質なコミュニケーションを通して、現在の事業を今後どのようにして存続させていくか、あるいは発展させていくかについて時間をかけてしっかりと考えていきたいものです。

(松尾 正二郎)