2.親族内承継

ここでは、個人事業主が親族を後継者として選ぶ場合に考えておかなければならないことを、人的な面、資産面そして知的資産面から整理していきます。さらに個人事業主の承継では特に重要になる贈与税と相続税の関連を中心とした税金関連の話と事業承継計画の策定についても述べていきます。

2.1 事業承継前の手続き(人(経営)面からの計画)

(1)後継者への教育

まず人的な側面では、後継者の教育をどう進めておくかが重要な問題となります。前章で議論されたように、後継者の決まり方はさまざまなのですが、後継者を決めていく過程で、事業主は後継者と目される人物を、時間をかけて教育していかなければなりません。個人事業主の親族内承継は、一般的には長い長いプロセスとなるのが普通です。その間に、仕事のワザ、ノウハウを教え込んでいかねばなりません。もっと基本的な、仕事への取り組み方の考え方あるいは経営者として持つべき理念のようなものまで、事業主が自ら範を示す形で引継ぎを行っていくことが求められます。逆に、この教え込みがうまく進まない場合は、この親族に対する事業承継は起こらないかもしれないとも言えます。
教え方・学び方は、オンザジョブにならざるを得ないでしょう。後継者は、事業主の背中を見ながら、実地で学び、叱られ、たて突きもし、失敗もし、成功体験も持ち、成長していく長いドラマが通常の形と思われます。事業主がノウハウ等を書類等にまとめて渡せればベターですが、個人事業の場合は難しいことが多いと思われます。ただこうした配慮は事業承継を成功裏に進める有力な手段なので、事業主にはこうした努力を期待はしたいところです。
「事業承継計画」の策定ができればベターですが、そこまでいかなくても、引継ぎ事項の棚卸を一度行って、ポイントを明らかにしたいところです。難しく言えば、「経営課題の見える化」ということになります。項目としては、経営理念、事業内容、技術・ノウハウ、強み・弱み等の引継ぎは勿論ですが、特にお金にまつわる事項(事業の収支状況、財務内容、資金繰り、金融機関との折衝、税務関連)、マーケティング関連(取引先との関係、人脈等)は整理して引き継いでおく必要があります。後継者がその通りやるかどうかの確約はありませんが、無駄なコストを回避できることは言うまでもないと思います。
一方、後継者は「良く学ぶ」一環として、よく観察し、できれば(夜中にでも)メモを取り、整理するくらいの努力が望まれます。もちろん商工会議所等中小企業支援機関の行う外部のセミナーの利用なども選択肢には入れていきたいところです。
事業に関するネットワークつくりに、後継者が積極的に参加することも必要です。

(2)先代の処遇

個人事業主の事業承継で、一旦法的に形式が整った後、先代事業主をどう処遇するかはケースバイケースと思われます。①先代事業主は完全に事業から手を引いて、隠居を決め込むケース、②「相談役」等一定期間アドバイスをする立場に残るケース、③代表者は変わったけれど、先代事業主が何事にも口を出すことをやめられないケース等々です。望ましいのは事業の実務は極力後継者に任せ、先代は、事業がうまく進むように適宜アドバイスをしながらフェードアウトすることです。この方向に進むようお互いに理解しあい、事業承継のプロセスを進めていくことが大切です。

ただ現実はそううまくいくかは保証もありません。先代事業主・後継者の関係がこじれていくことも少なくありません。最近耳にした実際の事例では、お菓子の製造業者さんが、長男に事業を譲ったのですが、お菓子の味を変えることについての先代と長男の考え方が食い違ったことに端を発し、それぞれ配偶者も巻き込み、お互いに口をきかなくなり、親族間なのにやり取りは内容証明の郵便でやる事態になってしまったというのです。このケースはよろず相談員の方から伺ったのですが、両者がよろず相談所に一緒に来ても、直接話さず、よろず相談員が中に入って交互に伝言しなければならなかったというほど深刻だったようです。

大企業でも、父・娘の経営権争いが報道で伝えられたこともありますね。このようなことは、個人事業主の親族間承継でも起こりえます。先代事業主の自制心、後継者の思いやりが必要です。

勿論成功事例も多いのです。多くは先代事業主に限定的ながら何等かの役割を担ってもらい(参画意識。疎外感の排除)、時間をかけながら、後継者が自分のイニシアチブを発揮していくことができた場合のようです。ラーメン店の小規模なチェーン店を展開していた先代事業者が、長男に事業を承継した後、自身は息子が閉店を決断した1軒を使ってラーメンとは別のこじんまりした飲食事業を楽しんでいるケースがありましたが、先代事業主は分をわきまえ、後継者は先代事業者の尊厳を保つ等の良いコミュニケーションを保っていくことがポイントです。

(3)従業員への事業承継の説明

つぎに、従業員との関係を検討してみましょう。新旧事業主にとって最も大事なことは、トップが交代することになっても、従業員が変わらず事業主に貢献してくれる状況を継続させることです。承継による不安感の醸成は極力回避しなければなりません。曖昧な状態が一番不味い状態ですから、承継が正式決定するまでは、できれば従業員には知らせない方が良いし、一旦決まったら幹部には詳しく説明をし、できれば新体制策定に従業員も巻き込んでいくことが望まれます。先代事業主子飼いのベテラン従業員がいるのであれば、その掌握には特に留意が必要となります。

(4)従業員への事業の方向性等の説明

事業承継は、事業の方向性、体制、進め方を見直す大きな機会となります。人の面でも変革をする絶好の機会でもあるので、新事業主は、自分が事業を引継ぎ進めていく際の新体制を十分に考えておく必要があります。これは後で述べる事業承継計画の策定にも関連してきますが、将来像に沿った従業員の体制作りの下準備を事前に検討しておくことが望ましいのです。先代事業主と相談できればベストではありますが、自分なりに今後の人員体制を考えることが肝要です。具体的には、先代事業に仕えてきた大ベテランがいるとすれば、その今後の処遇方法(どんな仕事をいつまでどのような形態でやってもらうのか)、有望な若手がいるとすれば、その使い方、成長してもらうための教育・訓練の道筋構想などです。有効な人材活用の方法を検討し、冷静に粛々と手を打っていくことも大切なことなのです。そして事業の方向性を従業員にもよく理解してもらい協力をもとめます。従業員のモチベーションをあげ、定着性を向上させるには、目標を共有することが大事です。

(5)雇用契約・業務委託契約の締結

法律的には、事業主が変わるということは、先代事業主と従業員との間の雇用契約が切れ、後継者と従業員の間に雇用契約を結ぶということになります。法的な言い方をすると、「雇用契約の締結」ということになりますが、個人事業主の場合、実際には、従業員との間でどのような雇用契約を結んでいるのか明確に認識されていないケースもあるかと思います。
一般的に、雇用の形態は、契約期間が定まっている(契約社員。期間が過ぎれば、契約を結び直すかやめるかしなければならない)か、契約期間が定まっていないか(正社員。定年までいられる。)で、契約社員(週の労働時間の短い人がパート・アルバイト)か正社員かに分けられます。事業の承継が決まったら、従業員との雇用契約の形態がどちらなのか、一度はっきりさせておくことが大切です。
新事業主との雇用契約は、文書でしておくのが望ましいのです。
それとは別に労働基準法第15条によって義務付けられている労働条件(雇用形態、契約期間、労働時間、業務内容、休日休暇、給与、給与の支払い方法や期日、勤務地、退職について)の通知が必要です。
更に、必要があれば、労働保険(労災保険、雇用保険)、社会保険(厚生年金、健康保険)の手続きを確認しておきます。 
外見では、同じ職場で働いている人の中でも、実は社員ではなく、業務委託契約の形をとっている人がいることもあります。この場合は、新事業主が業務委託契約を締結しなおす必要が出てきます。

(櫛田 正昭)